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カテゴリー「音楽芸術」の検索結果は以下のとおりです。

チャルダッシュの名演

音楽という芸術を好む人は、画質とか音質とかよりも内容で価値を評価するものです。

Victor Borge improvises "Czardas" with Anton Kontra
https://youtu.be/Gf8beXvB5Rs?si=6AjoBLt0OBs-i_X9
チャルダッシュの名演です

文豪ゲーテが言いました「ワインは楽しくする/Wein macht froh」。「音楽は楽しくする/Musik macht froh」でも良いかも知れません。

アドベント公演

山内しほ、高崎守弘 来週の木曜12月11日の昼間公演です。

 ラテンアメリカを中心にアドベント(Xmas)関連のギターソロ、ギター伴奏フルート演奏でモーツアルト、メンデルスゾーンなど6曲、スタンダードなギターソロ作品はヴィラ・ロボスやバリオスなどを予定してます。

フルートは山内しほさんが受けてくださいました。入場無料ですよ!

それから、一応文化講座ですからスライド写真でカトリックのアドベントやキリスト教世界の話をしようと思います。

 

行政主催の「いきいき大学」と「ナイスレディ学級」の2つの講座をまとめ、さらに入場無料だそうですが、平日の午前中ですから600席以上を埋めるのは難しいようです。

会場の雄踏文化センターには充分な無料駐車スペースがあります。よろしければ遊びにいらしてくださいね。
フルート「山内しほ」、ギター「高崎守弘」

 追記:お越し下さりありがとうございました。

クラシックギター演奏:高崎守弘 フルート:山内しほ、ギター:高崎守弘

ヨーロッパの音楽様式

ヨーロッパの音楽史を追いかけると以下の順です。

古代
中世
ルネサンス
バロック
 数千年前から 
 1500年前から 
 550年前頃から 
 400年前頃から
     == 産 業 革 命 ==  
  クラシック ⇒ ロマン  
近世 ⇒ 現代
 250年前頃から 
 100年前頃から 

細かく言えば年数は国によって違いますね。建築/文学/絵画/音楽など文化の内容によっても異なるので大まかなものです。

途中【==産業革命==】の行を加えたのは、それがヨーロッパ文化史に大きな変化をもたらしたと考えられるからです。難解なポリフォニーに替わって現代まで続くホモフォニーの始まりでした。

なお、現代は混乱の時代です。

Rワーグナーの無限旋律に始まり、調性破壊の後は12音技法に向かいましたが、その後は、行き先を見失ったままです。これは、産業革命以降に文化が庶民に解放されたことと関係してます。

同様に、日本で1945年の敗戦の後は合衆国統治の影響により、最近2百年間の表面的な西洋文化だけが浸透しました。薄っぺらになってしまった日本文化と、歴史を積み重ね続けているヨーロッパ文化との違いは興味深いです。

これは、ラテンアメリカの文化がバロック以降のヨーロッパ文化の影響下にあるのと同じ理由です。

ルネサンス時代の音楽

AI の回答がよくまとまってます

ルネサンス音楽は15世紀から16世紀にかけてヨーロッパで発展し、複数の声部が独立して響き合う「ポリフォニー」が特徴です。中世の宗教音楽を発展させ、教会音楽だけでなく、マドリガーレなどの世俗音楽も栄え、個人の感情表現が重視されるようになりました。この時代の音楽は、後世のバロック音楽への橋渡しとなりました。

 

◆ ルネサンス音楽の特徴 ◆

  • ポリフォニー(多声音楽)
    主旋律と伴奏という区別がなく、複数の独立した声部が対等に歌われる形式が主流です。
  • 声楽中心
    器楽はまだ発達途上であり、多くの楽曲が教会音楽や世俗歌曲といった声楽によって作られました。
  • 宗教曲と世俗曲
    カトリックのミサ曲やモテットといった宗教曲が発展した一方、マドリガーレ、シャンソン、パヴァーヌなどの世俗音楽も人気を集めました。
  • 表現の重視
    人文主義の影響を受け、感情や個人の表現が音楽において重視されるようになりました。

◆ 代表的な作曲家とジャンル ◆

  • フランドル楽派
    ヨーロッパ各地に影響を与えた中心的な楽派でジョスカン・デ・プレ、ラッススらが活躍しました。
  • イタリア
    マレンツィオ、モンテヴェルディらがマドリガーレを盛り上げ、鍵盤音楽も発展しました。
  • イギリス
    バードやダウランドが活躍し、リュート曲や、タリスやギボンズらによるアンセムやモテット、マドリガルが作られました。

 

■ ギターで弾かれるルネサンス時代のレパートリー

ギターという楽器の発生が産業革命後の古典派時代(クラシック時代)ですから、その前のバロック作品もルネサンス作品も同族の撥弦楽器の楽曲が主になります。 つまり、ルネサンス時代のリュートやヴィウエラ(スペインの撥弦楽器)のために書かれた楽曲です。これらの楽器の音楽はギターと相性が良く、多くの優れた作品が現代のクラシックギター奏者によって演奏されています。

◆ イギリス ◆

  • ジョン・ダウランド (John Dowland, 1563-1626)
    イギリス・ルネサンス期を代表するリュート奏者・作曲家です。彼の作品は現代のクラシックギターの重要なレパートリーとなっています。 「涙のパヴァーヌ (Pavana Lachrimae)」「蛙のガリアード (The Frog Galliard)」「ファンタジア (Fantasia)」「エリザベス女王のガリアード (The Most Sacred Queen Elizabeth, Her Galliard)」
  • ロバート・ジョンソン (Robert Johnson, c. 1583-1633)
    「アルマンド (Alman)」
  • 匿名作品
    「グリーン・スリーヴス (Greensleeves)」は当時から人気がありました。

◆ スペイン(ヴィウエラ音楽) ◆

スペインではリュートの代わりにヴィウエラが主流であり、そのための楽曲がギター用に編曲されています。

  • ルイス・デ・ミラン (Luis de Milán, c. 1500-c. 1560)
    ヴィウエラのための最初の出版譜『エル・マエストロ (El Maestro)』で知られています。
    「パヴァーヌ (Pavana)第1番〜第6番」「ファンタジア (Fantasia)」
  • アロンソ・デ・ムダーラ (Alonso Mudarra, c. 1510-1580)
    「ファンタジア第10番(ハープを模倣した形式、ルドヴィーコの様式による)(Fantasia X que contrahaze la harpa en la manera de Ludovico)」「コンデ・クラロスによる変奏曲 (Diferencias Sobre "Conde Claros")」
  • ルイス・デ・ナルバエス (Luys de Narváez, fl. 1526-1549)
    「牛を見張れによる変奏曲 (Quatro Diferencias sobre Guardame las vacas)」「皇帝の歌(千々の悲しみ)(Mille Regretz)」

◆ イタリア ◆

  • フランチェスコ・ダ・ミラノ (Francesco Canova da Milano, 1497-1543)
    リュート奏者として非常に高く評価されており、「イル・ディヴィーノ(神)」と呼ばれていました。
    「リチェルカーレ (Ricercare)」「ファンタジア (Fantasia)」

マラゲーニャ

◆ AI による概要

「マラゲーニャ」は、キューバの作曲家エルネスト・レクオーナが1912年に発表したピアノ曲集『アンダルシア』の第6曲で、マラガの若い娘に抱いた恋心をテーマにしています。マラガはスペインのアンダルシア地方にある都市で、この曲は「マラガの娘」を指します。

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今回はイベリア半島最南端に位置する小さな港町マラガの娘さんたちマラゲーニャの話です。

マラゲーニャを民族音楽として捉えると、アンダルシア地方の地中海に面した港町マラガの一帯に伝わる。ファンダンゴの一種となるようです。

さて、ボクがマラガに行ったときは、お祭りフェリア・デ・マラガ(Feria de Málaga)のときでした。宿が旧市街地だったので、喧騒のまっただ中、路を歩くのも大変なくらいの雑踏でした。

老若男女が路上に溢れる中で、だみ声の民族衣装の娘さんたちもお酒を煽っては大騒ぎの中で笑ってました。

南国の強い太陽の光、白い壁の建物、港町の開放感、全く異なる人々が居るアフリカに向かうジブラルタル海峡の脇。日本の女子大生たちの世界とは別世界です。

この明るくおおらかなマラガの娘さん達を見てからは、この曲にはっきりとしたイメージを持つことができるようになりました。なかなか魅力的なのです!

反面、器用なだけで表面的な演奏や、あの娘さんたちの雰囲気とかけ離れている演奏に接しても「違う」「しっくり来ない」という葛藤ばかりでした。

さて、マラゲーニャの名演の紹介です。少し演奏速度が速いですが、マラガのお祭りの喧騒を思い出すと、こんな雰囲気でした。北アフリカの文化との融合も感じられ興味深く素晴らしいです。
Aniello Desiderio & Zoran Dukić play I. Albeniz

公演のお誘い

【内容】尚美静岡同窓会コンサート
【日時】2025年11月3日(月祝)14:30開場15:00開演
【開場】Merry You
【料金】1500円
【地図】https://maps.app.goo.gl/RochDpYQopn1tBKg8

チケットお取り置きしますから連絡ください。お手伝いで会場に居ます!

2025尚美静岡同窓会コンサート

 追記:お越し下さりありがとうございました。

ギター演奏:高崎守弘

絶対音感と芸術

西洋音楽、しかしサーカスのような技能を主にした音楽ではなく、芸術としての音楽家の間では音楽の実現には絶対音感はなくても良いとされてます。

因みに絶対音感は、ほぼ8割が遺伝、後天的な環境や教育は約2割だそうです:https://amzn.to/4njwOlJ

バッハやモーツアルト、ベートーベンは絶対音感だったらしいですが、音楽史に大きく名を残した音楽家たちが絶対音感だったかと言えば、過半数がボクと同じ相対音感だったはずです。

それから、バッハもモーツアルトもベートーベンも、今と比べて半音くらいずれた絶対音感と言えるでしょう:https://naka-ku.com/index.php/view/95

 

当たり前ですが、絶対音感云々以前に、芸術としての音楽には聴音、ソルフェージュの訓練が必須です。

まして数日で身に付く楽典や読譜を身に着けようとしないのでは話になりません。その次にソルフェージュや聴音の順です。これに並行して和声や対位法です。ジャズ理論はその後で、表面的なジャズ理論だけでは芸術としての音楽には不足です。

さらに、再現芸術としての演奏では、音楽史と同時に様式学も学ぶことになります。もちろん声楽は特に首から上の解剖学、ギターのように指を使うなら肘から下の解剖学。これは医者ではないので独学で十分でした。

これらの学んだことを全て覚えている必要はなく、いずれも上に登るための階段のようなものだと理解してます。

階段を降りる、つまり指導のために生徒さんに寄り添う必要がなければ、登った階段を外しても問題ないとも感じてます。大学の一般教養と同じで、やっておけば良いだけです。

デイヴィッド・マンロウ

天才管楽器奏者 デイヴィッド・マンロウ(David Munrow 1942/08/12-1976/05/15)の動画です。

https://youtu.be/Vi5m54NXhYE?si=-gOWlBMv0erkM4AA

 

山田耕筰氏の後を継ぐ芸術家、というか職人が日本に生まれなかったのは、人類の大きな損失ですね。縄文時代から綿々と続く日本の心は史上最高の文化に間違いがないと感じてます。

ボクは戦後生まれですから、自国の文化を占領国により潰されてしまった直後の教育を受けてます。これが西洋音楽をやることになった一因だと思ってます。

 

西洋音楽はヨーロッパの文化です。日本の文化とは違います。使っている脳味噌が違うのですから違って当然です。ご存知でない方は半世紀ほど前に騒がれた「右脳と左脳」に関する書籍に触れると良いです。今どきは常識の範囲だと思います。

さて、西洋の文化とは?西洋音楽とは?という命題に直面したときに、解答を引き出す手立てはと言うと、調べ学び考え経験することだと思います。

最後に経験が来るのは、歴史というものが途切れのない世代の繋がりそのものだからです。その歴史の中に文化があり音楽があるからです。

これは面倒な話なのですが、解る人には当たり前のことで、わからない人には難解なことです。もちろん「無知の知」を知らない人には何の意味もないことでもあります。残念ながら無知以下が存在するわけです。

西洋音楽を理解するためには音楽の根源を紐解く必要があるのですが、祈祷であったり、信号音、舞踏などが始まりだとウィーン国立音大の講義で学んだのを思い出します。

今なら、ターザンの叫びが裏声を使ったヨーデルという信号だったり、原始宗教やシャーマニズム・アニミズムに見られる唸り声だったり、アフリカの原住民に残る掛け声だったりです。

因みに古代ローマ帝国の国境はライン川を縦軸ドナウ川を横実として引かれてました。数キロごとに砦が置かれ外民族に備えてました。何処かの砦が責められると、金属板を磨いた大きな鏡で日光を反射させたモールス信号のような伝達や、狼煙を上げたり、ヨーデルで数キロ離れた隣の砦に危険を知らせることもあったそうです。

そして、現代に繋がる精神性の高い音楽への一歩は、長かった古代が終わった後に来る中世時代でした。

中世は「ゲルマン民族の大移動」とも呼ばれる混乱の時代です。戦争に次ぐ戦争、さらに相次ぐ疫病の流行、加えて恐怖政治もありました。それで暗黒の時代とも言われます。

そんな状態ですから「信じる者は救われる」とばかりにキリスト教がヨーロッパ中に覇権を拡げたのが中世時代でした。ヨーロッパのほとんどが原生林で、それを修道会が切り開いていった頃です。もちろん領主という存在が確定する前の混乱時代です。

宗教の浸透により中世時代は様々な祈祷が生まれます。

当初は乱立した祈祷でしたが、宗教組織の拡大により整理されて、イエスの使徒たちの中でも後の歴史に最も影響力があったペトロやパウロゆかりの地、ローマに本拠地を置いたキリスト教カトリックの頂点に立ったグレゴリウス1世の名を冠した「グレゴリオ聖歌」という枠が決められ、それ以外は異端となってゆきます。

過去投稿にグレゴリオ聖歌について書いたものがあるので参照くださいね。

 

当初のグレゴリオ聖歌が単旋律から2声を経て多声になるには長い年月が必要だったようです。シテ島のノートルダム寺院でレオニヌスやペロティヌスの考えたドローンに対する上声部の繊細な動き、さらにオルガヌムなどのアルス・アンティクアが発展し、いよいよギョーム・ド・マショーに代表されるアルスノーヴァが生まれます。

一言で言えば、これがルネサンスに向かう足音でした。

この初期の西洋音楽は記譜法が単純だったこともあり、ロマン派の懐古趣味からの再発見が発端で、芸術として再現されるときに、先ずは歴史考察からの取り組みとなったようです。

ルネサンス時代までは音楽の作りが単純明快だったこと、また肺活量や心拍数などの人の体内鼓動が現代人と大差が無かっただろうという想像力などから徐々に活き活きとした中世時代の音楽が再現されるようになってきました。

この古楽ブームは、19世紀後半のロマンチックな懐古趣味の頃と、今から半世紀以上前と2回あったようです。

ロマン派時代の古楽は、前古典派という捉え方でした。古典派よりも前の時代は、王侯貴族と宗教が社会の中心だった時代です。中産階級は知りようも無い文化ですから、当時の演奏形態や出版物は、憧れが強かった時代の産物だったように感じてます。

2回目の古楽ブームは戦後です。多くの古楽再現の音楽家が乱立する中で、ひときわ際立った音楽を示してくれたのが、若くして自殺したデヴィッド・マンロウ氏でした。

ルネサンス時代は、王侯貴族のバロック時代と異なり、単純でおおらかで、平気で自らを偽り、明日よりも今日のことを思い、喜怒哀楽に溢れ、無意識で踊ったり狂ったりしたような雰囲気を持った時代だったはずです。

マンロウ氏の再現芸術へのアプローチは、このようなヨーロッパの庶民の息吹を再現するという取り組みでした。

 ブリューゲル「農民の踊り」

宗教の時代だった1千年間の中世時代の絵画で人々の赤裸々な生活の様子を記録したものは知りませんが、ルネサンス時代に栄えたオランダのブリューゲル村出身の画家ブリューゲルの絵画には、彼が再洗礼派だったこともあり幾分シニカルながらも、ルネサンス時代の人々の様子が赤裸々に記録されてます。

上記「農民の踊り」という題名の絵画の中に響く音楽がルネサンス時代の庶民の音楽であることは間違いないでしょう。

ブリューゲルを観るにはウィーン美術史美術館に行必要がありますが、そこで完結しますから美術史美術館のブリューゲルの部屋を出る必要もありません。チャンスがあれば是非どうぞ。

中世からルネサンスにかけて生まれた西洋の音楽形式は、理屈よりも、現代に息づく音楽と同じかそれ以上に喜怒哀楽が盛り込まれてました。

長くなりましたが、今回はデイヴィッド・マンロウ氏の紹介でした。

高崎守弘

前奏曲(プレリュード)

前奏曲(プレリュード)は、元々は弦数の多いリュートの調弦確認と指慣らしのために、演奏の前に和音を中心に楽器を鳴らしてみたものが記譜されるようになったものだそうです。

そのため、演奏の基本は、幅広い速度で和音を良く響かせるのが前奏曲です。そして、曲の性格上テンポ・ルバートで比較的自由に演奏します。

当初、リュートの弦数が多くなった時代(バロック時代)には、主体となる曲の前にプレリュードが演奏され、その後に本曲の演奏という順番でした。それが、古典派を経てロマン派になると、自由な和音の繋がりを楽しむ小品としてプレリュード単体で作曲演奏されるようになりました。

 

様々なプレリュードがある中で、オーケストラ曲では個人的にはリストのプレリュードが好きです。

可能なら総譜をめくりながら聴くと良いですね。オーケストレーションはラベルが良く知られてますが、響きの織りなしは、どうやらリストに軍配が上がるようです。

https://www.youtube.com/watch?v=G5aITdUMADo

このDr.カール・ベーム1943年ベルリン・フィルの動画は残念なことに一部だけです。フルトヴェングラー1954年のウィーンフィル(⇒mp3音声のみ)も凄まじいですね。圧倒されます。

その他、リストの前奏曲の全曲演奏は ⇒ こちらの動画。ベストを尽くした楽団員ひとり一人の勝利が感じられます。

ロマン派とハンガリー音楽

先ずロマン派の流れから生まれた「民族主義」についてです。

ウィーンならウィンナーワルツやウィーン民謡、フランスならシャンソン、スペインならフラメンコ、フィンランドのシベリウスはフィンランディア、モルダウの曲で知られるスメタナの「わが祖国」、ドボルザーク「新世界より」など等を生み出すことになります。

北アメリカではネイティブアメリカンの根絶やしにより文化の復興が遅れ、祖国を失った人々の定着を待ってジャズやミュージカルが起きるのを待つことになったようです。

余談ながら、ミュージカルがヒットラーから逃れたウィーンのユダヤ系オペレッタ作家の渡米の影響を受けたことはあまり知られてないようです。というか、この話題はタブーですね。

https://youtu.be/nZhY1KEKFbM
 

さて、上記のYouTubeはコダーイやバルトークが円筒式蓄音機で集めたハンガリー民族音楽よりも後の時代の聞きやすい収録を選びました。このような民族音楽の追求と研究もロマン派の流れからの影響と考えられます。

ヨーロッパ唯一のアジア民族とも言えるマジャール民族は、ルネサンス時代のマーチャーシュ王の頃を最後に、民族自治を失ってしまい、19世紀後半のロマン派時代はウィーンを本拠地とするハプスブルク家の統治が続いてました。

もちろんドージャ(1470-1514)やラコッツィ(1676-1735)、コシュート(1802-1894)による民族独立の動きもありましたが、ハプスブルク支配の壁は厚く、弾圧と鎮圧の繰り返しでした。

 

ハンガリー建国は7つの部族を率いてきたアルパードによるとされています。896年のことですから日本は平安時代でした。民族統一は1000年頃のことで、キリスト教改宗でパッサウのシュテファン寺院で洗礼を受け、シュテファンと名乗るようになったイシュトヴァン王によります。

ハンガリー画家ムンカーチ「荒野の嵐1867」

マジャール族がアジアからの移動民族だったことは、蒙古斑だけでなく言語学においても証明されてます。

アブミを使って馬を操ることのできたマジャール騎馬軍団はレヒフェルトの戦い(955)でドイツのオットー大帝に敗れるまで無敵で、ドイツからオランダ方向、さらにパリ(シテ島時代)を滅ぼし、ローマを蹂躙したことは、それぞれの国の歴史であまり触れたくない事実らしいです。ウィーンにハプスブルクが君臨する数百年前のことでした。

当時、ヨーロッパ人がマジャールを見たときには殺され滅ぼされたことから、ヨーロッパ史ではゲルマン民族同様に野蛮な民族として扱われることが多いようです。

当初はどこの誰か分からなかったことから、黒海の北、現在のウクライナあたりの勇猛果敢な「10本の矢」と言われた民族だと考えられたそうです。

マジャールを10本の矢、つまりオン・オグール ⇒ オノグル ⇒ ウンガル、そしてハンガリと呼ぶようになったことは、歴史学者には良く知られた話のようです。 

19世紀後半のハンガリー画家ムンカーチ
ハンガリー平野のマジャール民族。ムンカチの絵

音楽においてもロマン派の民族主義の影響からハンガリー民族音楽についての本格的な研究が始まります。もちろんバルトークとコダーイです。ちょうど円筒式蓄音機の発明もあり、今ではYouTubeでも聞くことができます。

ハンガリーにはエジプシャンと言われたジプシー民族がヨーロッパで一番多いことから、ハンガリー民衆音楽にはジプシー音楽の影響が見られます。ジプシーは(さ迷い歩く)ウォーカー、ドイツ語なら(ヴァルカー)ワルカー等と呼ばれ、手先の器用さを活かしたミュージシャンや鍛冶屋や手工芸職人が多く居たことも知られてます。

ジプシーは、日本で包丁研ぎが村々を回って来るのを待ったのと同じように、ヨーロッパでも重宝されていたようです。特に領主たちにとっては日々の生活に小さな楽しみをもたらした軽業師やミュージシャン、それから刀鍛冶は権力の維持に必須でした。これが弱小民族のジプシーが存続した理由だったと考えられます。

ロマン派時代にはアジアの異国情緒を求めた結果、ウィーンで活躍し楽友協会の理事を務めたブラームスの「ハンガリー舞曲」だけでなく、ヨーロッパに定住したほぼ唯一のアジア系民族ハンガリー音楽に注目が集まります。

ハンガリー平原の井戸(マルコー・カーロイ1858)

ギターにもハンガリー風の練習曲が見られますが、農耕民族には見られない騎馬民族の3拍子であったり、3千キロもの距離を流れるドナウ川を挟んで広がるヨーロッパ最大のハンガリー平野地帯、大平原や少平原を移動するマジャール族気質が感じられるのは興味深いです。

ロマン派の影響ですから、馬で移動する人々の三角テントでの生活、ハンガリーのパンノニア気候は温暖で乾燥した風、その熱風対策と乗馬の都合から男も長いスカート、その白いスカートにはハンガリーの鮮やかな民族刺繍が施され、地平線の彼方まで平野が広がる景色の中で口ずさみ、かがり火を囲んで楽しんだのがハンガリー音楽の源泉です。

高崎守弘

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