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カテゴリー「その他」の検索結果は以下のとおりです。

モーツアルト像とカフェ・モーツアルト

  • 2026/07/02 19:44
  • カテゴリー:その他

この写真は、よく知られているモーツアルト像です。ウィーン市心に位置する王宮庭園にあります。像そのものよりも足元のト音記号の方が記憶に残っている方も多いでしょう。ウィーンのガーデナーさん達は職人として本物です。
ウィーン王宮庭園のモーツアルト像

 

年金受給開始と共に、数十年間のデータを公開してきたサーバーとドメインを徐々に止めざるを得なくなりました。

停止の理由は維持費です。数年で数倍に跳ね上がり、今年に入ってからの維持費高騰の加速は異常です。国民が3分の2の議席を与えた政府は何をしているのでしょう。

 

これまでのデータは、打ち込んだ文字数だけでも原稿用紙にして数万枚です。これが人の死の意味なんでしょうね。人が死ねば、その人の個人の記憶は消え去ります。

数十年間かけてある程度はネットに公開しましたが、PCに溜まったままの資料で一度も公開してないものもあります。

今回の内容は、こちらのブログとは直接の関わりはありませんが、この場を借りて終活が終わる頃まで公開しておきたいと思います。後期ロマン派とか歴史主義に関する事ですから、このブログのテーマでもあります。

名誉称号をいただいたウィーン文化講座なら半日2回分の有料講演の内容です。この講義で大切なことは、文化に対する意識です。本来はドイツ語で開催されるべき内容ですから一般の日本人には少しハードルが高いのは承知してます。よろしければどうぞ。

 

さて以下の写真は1900年時点でのウィーンのモーツアルト像の貴重な写真です。像の背景と向いている方向が問題です。

画像クリックで拡大
オリジナル位置のモーツアルト像
 

Unsere Monarchie - Die österreichischen Kronländer zur Zeit des fünfzigjährigen Regierungs-Jubiläums seiner k.u.k. apostol. Majestät Franz Joseph I., Georg Szelinski k.k. Universitäts-Buchhandlung, Wien 1898

The monument for W.A. Mozart by Viktor Tilgner on its old place at the Albrechtsplatz (todays Albertinaplatz'))' in Vienna

引用:wikipedia

モーツアルト像が彫刻家ティルグナー作であることは、ウィーンの義務教育で学ぶ常識です。義務教育同等と説明を受け、受講したウィーン州立学校の講義で学んだことです。

日本で教鞭を取るウィーン国立音大卒業の大先生に、年金までウィーンに留まり音楽学校の先生、つまり地方公務員だったと自己紹介をしたら、モーツアルト像の写真がプリントされているファイルをプレゼントしてくださいました。

そのときに思わず「ティルグナー」と声が漏れ、それが耳に入った先生が直ぐに「ウィーンのモーツアルト像です」と訂正、ストレスで血圧が上がりましたが、7年間の音楽留学なんてのはその程度ですから仕方がないです。「無知の知」は学びの基本だということも再確認できました。

 

さて、ウィーンに行けば国立オペラを訪れ、カフェ・ザッハーやカフェ・モーツアルトを利用することでしょう。

ザッハーの話は有名ですから検索すれば調べられるかもしれません。過去に詳細な歴史を公開していたのですが、前述のように今はネットから消えてます。気が向いたら、というか時間と体力が許せばこのブログにアップします。

 

ここから先はあまり知られていない話です。

上記の写真では、像の背景が現在はホテル・ザッハーになってます。王宮庭園ではなくト音記号の花壇も無いのです。またこの写真が撮影された1900年は、まだ Café Mozart (Wien)がありません。

モーツアルト像オリジナルロケーションの写真は、もう一つあり、下記はモーツアルト像の序幕(1896年4月21日)当時の写真らしいです。

写真で右に写っている建物は日陰で暗いですが、1869年5月25日がこけら落としのウィーン帝国立&王立歌劇場、つまり現在の国立オペラ座の背中です。

モーツアルト像オリジナルロケーション


それでは、歴史を紐解きましょう。

民衆王または改革王と称された神聖ローマ皇帝ヨゼフ2世(-1790)の整備で劇場と歌劇場が分けられ、次の皇帝レオポルド2世(-1792)の次の皇帝フランツ(-1835)の次の皇帝フェルディナンド(-1848)の次の皇帝フランツ・ヨセフ(1916)によって帝国オペラの建物が造られました。これが、よく知られるウィーン国立歌劇場です。

それぞれのハプスブルク皇帝と時代背景は長くなるので割愛。

このオペラ座の除幕式で皇帝のお褒めの言葉が無かったことから、建築美術家が二人とも死を選ぶことになる、その宮廷オペラ座です。1869年といえば後に続々と完成するリンク通りの公的建造物では最初の建物だったのもあり注目が集まりました。

除幕式で皇帝のお褒めの言葉をもらえなかったヨーロッパ最高の建築美術家たちは自ら死を選ぶことになります。皇帝の言動の重さを知ったフランツ・ヨセフはそれ以降は常に同じ言葉を発するようになります「Es war sehr schön, es hat mich sehr gefreut!/いとめでたし、朕いみじ嬉し!」

この帝国オペラの工事はリンク城壁が取り壊されリンク通りとなったときです。多民族帝国の首都ウィーンの人口が数倍に膨れ上がり、さらに増加が加速していた頃の話です。

直径1キロ程度のウィーン旧市街地を囲む環状道路「リンク通り」は、アジア民族の侵入に対して12世紀末にバーベンベルクによって建造され、オスマントルコの脅威が大きくなったときには歴代のハプスブルク皇帝によって規模が大きくされ続け、最後にはナポレオンの炸裂弾の前に屈した城壁の名残です。

 

余談ですが、城壁の外に葬られたモーツアルトの墓地は、オスマントルコの脅威が過ぎ去った1700年頃にオイゲン公の進言で皇帝レオポルド2世が建造した外環状城壁のすぐ外です。19世紀末の皇帝フランツ・ヨセフの工事の後、現在は外環状道路ギュルテル(ベルト通り)になってます。

外環状城壁の城門から南方向に伸びる街道のあたりに、街道先のベネチアの氏神様マルコを祀った墓地が置かれ、それをサン・マルコ墓地/sankt marxer friedhof と呼びました。


閑話休題。カフェ・モーツアルトの始まりはモーツアルト没後3年にこの場所に最初のカフェ開店からです。資料や文献を調べても見つからなかったのですが、ケルンテン門劇場の一角だった可能性があります。

時は中産階級の時代の始まりです。

その後、このカフェを引き継いだ Simon Corra は、1825年にウィーン初の路上喫茶を始めてます。ユダヤ人さすがです。

次にこのカフェを持ったカッツマイアーは1840に Café Katzmayerとしてカフェを引き継ぎ、ジャーナリスト、俳優や文学家が集るようになります。世界遺産として知られるウィーンのカフェ文化の始まりです。

ですが、このカフェは建物の解体で幕引きとなります。皇帝フランツ・ヨセフ勅令「Es ist Mein Wille/朕自らの決断である(20.Dez.1857)」で知られるリンク城壁の解体とリンク通りの整備のためです。検索 ⇒ es ist mein Wille Franz Joseph

この皇帝勅令の影響で、このあたりにあった旧ケルンテン門や、ベートーベン第9初演のケルンテン門劇場も解体されました。解体されなければモーツアルト像はケルンテン劇場前に建ったことになります。

建物解体で一度無くなったカフェ再開は、一次大戦の暗闇から抜け出た1918年10月10日の「Mozart-Restaurant」開店で、1929年からは今と同じ「Café Mozart」になります。

上記の写真に見られるモーツアルト像は、1896年4月21日に除幕のオリジナルです。つまり先ずモーツアルト像が置かれ、その後1918にモーツアルト像の背後に再開したレストランをモーツアルトと名付けたわけです。

現在のモーツアルト像は、2次対戦の空爆で壊され、戦後の混乱の中で名も無き一人ひとりのウィーン子たちにより瓦礫が集められ、王宮庭園に再現されたものです。文化を大切にするウィーンらしい逸話です。

同盟国のロシアに裏切られた歴史は義務教育の他に社会教育でも明確に伝えられてます。良し悪しとか好き嫌いではなく、実際に歴史に刻まれた体験の確認です。日本とは違いますねぇ。

もちろん、観光客にとってはモーツアルトとかティルグナーよりも、ウィーン市立公園管理課のガーデナーの素晴らしい仕事「ト音記号の花」の方が目につくようです。このガーデナーさん達は世界最高の職人さんです。

なお、映画「第3の男」のカフェ・モーツアルト内から見える景色は、2次対戦直後の様子です。同盟国を裏切ったロシアがねらった国立歌劇場から爆弾がそれて、オペラ座裏手が壊され、それでモーツアルト像も瓦礫と化してます。


制作した彫刻家ヴィクトール・ティルグナーです。

モーツアルト像の制作家ティルグナー

彼のその他の作品などは以下:

  • Statue of Peter Paul Rubens at the Künstlerhaus
    Monument for Anton Bruckner in the Stadtpark(破壊行為のため、台座の女性像は撤去され簡素な台座設置)
  • Monument for Josef Werndl, Steyr
  • Figures at the Burgtheater: Don Juan, Phaidra, Falstaff, Hanswurst, William Shakespeare, Pedro Calderón de la Barca, Molière, Gotthold Ephraim Lessing, Johann Wolfgang von Goethe, Friedrich Schiller, Friedrich Hebbel, Franz Grillparzer and Karl Felix Halm.

 

以上、インタビュー通訳業務のときにカフェ・モーツアルト経営者 Querfeld 夫妻から伺ったうろ覚えの内容に加筆しました。

ティルグナーからマカルトを経てブルックナーに話を進めたかったのですが、疲れたので続きは次回にします。誰も知らない貴重な文化記録を多く知りますが、公開は体力と時間次第です。5歳児にとっての10年は人生の倍もありますが、70歳の老人にとっては人生の7分の一です。体力と体調の問題もあり、老人には時間が残されてないのです。

オンライン公演

  • 2026/04/27 15:08
  • カテゴリー:その他

昨年からピアニストの重松恭一郎さんとの2重奏が続いてます。次の公演は5月02日です。

さて、今回は数十年前のヤマハC5の良く響くピアノが入手できたとのことで、彼の自宅でお披露目のオンライン公演でした。お越しくださった方々に心から御礼申し上げます。

このヤマハC5というピアノは1980年代前半から生産され、その後2012年頃にCXシリーズへの移行で生産終了となったピアノです。数十年間で共鳴板とピアノ筐体が良く乾燥し、これまで彼が持っていたヤマハC3と比べてより華やかで心地良い響きのピアノです。

ピアニスト重松恭一郎さんは、昨年10月から毎月最後の金曜夜に「コロムコンサート」でオンライン公演をしてます。

彼のコンクール優勝や特別賞など等はフランスものです。特にドビッシーやラベルに代表されるフランス印象派の演奏には定評があります。毎月最終金曜夜にお時間がございましたら是非どうぞ! 芸術楽器としてのピアノの魅力が溢れる珍しい奏者だと感じてます。

ピアノ重松京一郎、ギター高崎守弘

中世に繋がってゆく古代

  • 2026/03/30 15:47
  • カテゴリー:その他

「古代の古典と、ベートベンの古典」をタイトルにしたいのですが、前置きが必要になります。

ヨーロッパの時代区分は「原始時代」「古代」「近代」の3つの時代に分けられるそうです。この区分けでは、今つまり現代は「近代」の一部と考えるわけです。

原始時代は道具の加工方法で分けられ、石なら新石器時代や旧石器時代、金属なら青銅器や鉄器、土器なら縄文とか弥生ですね。

この原始時代の音楽は録音が無く記譜もほとんど残ってません。ですから、音に思いを乗せるという意味では今よりも強い感性を伝える手法だったろうと想像する程度です。

 

原始時代の次は古代です。

ヨーロッパ古代古典(classical antiquity)は、古代ギリシアと古代ローマの文化だそうです。

古代の文化史はメソポタミアや古代エジプトの文化が始まりと考えられ、それが古代ギリシアに引き継がれ、それが言葉だけを変えてそのまま古代ローマに伝わります。

この古代ローマからがヨーロッパ史です。原始時代同様に古代についても録音も記譜も絵もあまり残されてません。

 

ところで、突然生まれた高度な文明メソポタミアのシュメールですが、その前の文明は縄文で、今のところそれ以外は見つかってません。それどころか縄文文明に関する発見は増える一方です。

縄文は数千年単位ではなく数万年単位ですから、桁が違うほど強大です。中東を基とする一握りの人々にとっては、この揺るぎない事実は足元の瓦解に繋がるので、なんとしても潰すべき史実だというのが大きな問題です。そして、この一握りの人々が政治資金や学術研究費も含めて世界の富の9割、ほぼ全てを握ってます。

 

閑話休題、古代の音楽を今に伝えるのは祈祷や占い、あとは軍楽程度、その他には、哲学として音楽関連の記述が見つかります。

哲学が学問として成立したギリシア哲学では、音楽を大きく2つに分けて捉えたそうです。アポロンの竪琴で知られる「アポロン的」とパンフルートに代表される「ディオニソス的」の両極とする捉え方です。それによれば、ギターは「アポロン的」な楽器です。つまり魂を鼓舞するのではなく魂を慰める方です。

当時は音楽を学問として捉えたことから、「クルトの投石運動」の他、たぶん「繰り返し後3回目の変化」なども、古代ギリシア文明から現代まで繋がってきた形態だろうと思います。

古代の音楽は、このような学問としての記述程度で楽器はほとんど残ってません。

古代のもので残っている楽器は、アクインクム(ブダペストの古称:古代ブダの北)に水圧オルガンの欠片が残る程度です。この欠片をもとに古代ローマ帝国の絵画から再現されたオルガンは、立奏オルガンで、奏者が鍵盤に向かって立っている箱が体重で沈み込むことにより生まれる水圧でパイプに風を流すというオルガンです。

弦楽器も残ってはいますが、例えば亀の甲羅を共鳴腔にしたものぐらいで、アポロンの竪琴のような木製品は失われてます。因みに、この大型の竪琴のことを「キタラ」と呼んだのが「シタール」「ギター」「チター」などという言葉の元になったと、古代ギリシア歴史書で読んだことがあります。

現代まで繋がる音楽が残るのは、古代の次の中世の時代以降です。やはり録音がなかったことから「記譜」のみで、あとは歌い継がれてきたソレム唱法ぐらいです。残されている記譜は今の5線譜が成立する前の定量記譜法の元になったネウマ譜です。

暗黒の時代と言われた中世は、戦争と飢餓・疫病の時代です。大衆が宗教に取り込まれていったのも理解できます。神にすがる以外に救いがなかった1千年間です。

その中世の大衆音楽は稚拙な辻音楽程度で、その後の音楽史の中に残るのは、唯一声楽でした。

単旋律・無伴奏・ラテン語、ネウマや定量記譜法で記録された「聖歌」です。権力者たちが宗教を利用したことから、宗教は優遇され、教会にだけは文化が存在しました。神聖ローマ皇帝ですら文盲で、コンラートⅡ世のサインは「丸書いてチョン」でした。

その教会内部の音楽が「無伴奏」だったことから、器楽は後の時代を待つことになります。

当時唯一の教養人だった聖職者による聖歌は、民族大移動の影響から民族・部族色、地方色の他に言葉も色々で百花繚乱の時代でした。

これを廃したのがローマ法王グレゴリウスⅠ世です。好き勝手に歌われていた聖歌を枠に入れて「グレゴリオ聖歌」としました。本部で決めた聖歌以外を禁止することによって組織分裂を食い止めたわけです。

「グレゴリオ聖歌」については前述ですからこのブログを検索して参照いただければ幸いです。

 

疲れたので続きは次回、後で文の整形をしておきますね。高崎守弘

ピアノ売れました

  • 2026/03/17 16:08
  • カテゴリー:その他

以下のピアノ即売でした。何かお買い得情報があったら掲示しますね。

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ボクが売るのではなく友人が売りたいとのことで広報のお手伝いです。新品よりも響きが良くお値段も安いのでお薦めです。ご連絡くだされば連絡方法をお伝えします。中間搾取はしないので直接連絡をお取りくださいね。

お譲りしたいです。欲しい方探しています。ヤマハC3グランドピアノ、サイレント機能付き、1996年に新品で購入しました。近々もうひとまわり大きいのを迎え入れるので手放すことにしました。重松京一郎

※以下の画像クリックで拡大画像が見られます

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ランチェスター時間の法則

  • 2025/12/31 22:44
  • カテゴリー:その他

「ランチェスター時間の法則」では、人生や仕事の成功は「才能×時間の2乗+過去の蓄積」という公式で表され、才能が劣っていても投入する「時間(量)」を増やすことで、努力の二乗効果により逆転・圧勝できるという考え方。

それによると、 約3倍投入で大体勝て、 4倍で 「圧勝」つまり1日14時間で才能が劣る人でも負けることがないとされる。

ランチェスター時間の法則

要するに「才能と共に練習量も結果を左右する要因」ということらしいです。英語の「Practice makes perfect」とほぼ同じ意味で使われ、練習や経験を積むことの重要性を説いています。

ドイツ語でUebung macht Meister 直訳では「練習が巨匠を創る」。

よく使われる日本語なら「練習は嘘をつかない」「練習すれば達人になれる」「習うより慣れろ」といったところでしょう。

なお、練習が必ずしも報われないことがあること、そして、その原因についても考える必要があります。いずれにせよ、練習無くして可能性は無いと考えるべきでしょう。

ANA楽器用コンテナ廃止

  • 2025/12/02 23:45
  • カテゴリー:その他

全日空ではチェックイン時に預け荷物となるギター用のコンテナサービスが2026年1月31日をもって終了だそうです。

ANAサイト

ギターという楽器の歴史

  • 2024/11/22 10:40
  • カテゴリー:その他

半世紀も前に読み漁った本の内容がまとめられたサイトを見つけました。

ギターの歴史

個人的には、その後の研究により、今は当時よりも明快に把握できる時代になっていると感じてます。ですが、思い起こせば半世紀前は古楽研究の黎明期で「何処に何が残る」の確認が精一杯という頃でした。酷いときにはハイドン・モーツアルト・ベートーベンの前を全て「前古典」と括っていた程です。

40年ほど前からだったと記憶してますが、楽譜も含めて、当時の音、つまり仕掛け時計やオルゴール、市庁舎の組み鐘の響きと演奏速度が調べられた時期がありました。

この動きの始まりは60年ほど前にオランダに起きた古楽研究です。東京オリンピックの頃ですね。

加えてブリューゲルの「農民の踊り」に代表される絵画を通しても再現芸術としての研究が進んでます。

もちろんブリューゲルが異端派の宗派に染まっていたことも忘れてはいけないのですが、均整の取れた様式美が魅力であるはずのルネサンスが、実はメディチに代表される一部の人々だけのもので、一般庶民は相変わらず1千年間続いた混乱の中世の足かせから開放されていなかったことがこの絵からわかります。

ブリューゲルの絵画は、要素の配分、色のバランス、遠近法、解剖学から動植物や鳥に至るまでルネサンス時代に進歩した科学と学問の総決算です。それに比べて、描かれている人々の混乱から受ける印象は単なる庶民の大騒ぎです。この絵の説明は、いつか時間と体力のあるときにでもできればと思います。ちょっと難しいですが、この絵の本物を見続けたときに見えてくる数え切れないほどの鳥の数が理解の糸口になります。

今から70年くらい前に出版された本だったと記憶してますが、人の心拍と呼吸速度は、今と数百年前とほとんど変わってないはずだと書かれてました。もちろん再現芸術としての演奏速度についての考察です。

楽譜上の速度指定は、ベートベンの仲間だったメルツェル(1772-1838)特許のメトロノーム表示がよく知られてます。

ところが有名な音楽家たちからベートベンのメトロノーム速度指定がおかしいと言われてきました。今ではベートーベンの持っていたメトロノームが不良品だったこともわかってます。実際にベートーベンが動きのおかしいメトロノームに怒っていたことも知られてます。彼は瞬間湯沸かし器なみに切れやすい性格で、後に和解したとは言え、一時期はメルツェルとの間に確執もあったようです。

トンデモ速度のベートーベン交響曲CDが世界中で販売されていることをご存知でしょうか。確かにメトロノーム表示速度に沿った正確な演奏かも知れませんが、ほんの少しの読書で回避できる恥の上塗りは避けたいものです。

 

このような再現芸術に影響する研究は、分野を超えた情報交換が無くして実現できなかったことです。コロナ騒動で学術会議がzoom会議に変化したのは、ラップトップPCの発展とインターネット通信速度の高速化が大きく関与してます。

それにより、古代から残るレリーフと発掘された楽器の同一性、ブダペストで発掘された水圧オルガンの欠片から全容の解明が進み、楽器が再現されてます。次にはその音色や演奏された曲の様子などの研究も進んでます。

科学の進歩は想像以上に速く、自然現象と歴史の因果関係、そして楽器の分類や残された個々の楽器のレントゲン撮影、残された木片の最先端技術による解析、板の表面に残るカビに至るまで驚くほど様々な研究が進んでます。

古楽器に興味のある方は、玉石混交の文献や論文に目を通し、ウィーンのハプスブルク王宮に公開されている世界一の楽器博物館に通うと良いでしょう。

また、ギターという楽器の発生を知ろうとするなら、古代メソポタミア文明や古代エジプト文明、そしてヨーロッパ史に直結する古代ギリシア文明で確認できる撥弦楽器と、その発生の考察が必要です。

そのためには、先ず源泉が中近東や北アフリカ、古代ギリシアであることの確認。そして、その影響でヨーロッパに生まれたギターの前身を紐解き、歴史の淘汰から残った楽器の発展とトーレスが制作した近代ギターまでの道筋を明らかにすることです。

近代ギターは百年前のスペインのギター製作家トーレスに端を発するとされてます。たぶんこれに異論を唱える研究者は少ないだろうと思います。

巨匠タレガとトーレスが同時代に同地域に居たのは歴史の奇跡で、楽器の発展というよりもトーレスによる近代ギターの発明がタレガを生み出し、その影響下で腕を磨いたリヨベート、プジョール、そしてセゴビアやウィーンのルイゼ・ワルカー、アルゼンチンのマリア・ルイサ・アニードに伝わり、さらに次の世代のジュリアン・ブリーム、ジョン・ウィリアムスとその仲間たちへと続きます。

フラメンコ「ガロティン」

  • 2024/08/06 09:26
  • カテゴリー:その他

できることから地道に急いでという感じの郷里での終活が過ぎゆきます。

昨年の山内しほさんとのフルート重奏「タンゴの歴史」は大変でした。しほさんにとてもお世話になりました。感謝に耐えません。

とにかく、40年前のウィーン国立音大の演奏家過程ではピアソラはやらなかったし、南米の民謡程度にしか感じてなかったので、自分がタンゴを弾くとは夢にも思ってませんでした。しほさんからのコンタクトがあったときに、20分以上の難局にしっかりと取り組むギタリストがこの界隈では他に居ないのでお受けしました。

その「タンゴの歴史」公演のときに、たまたまチラシを目にした幼馴染が、ボクの名前を見つけて公演に来てくれました。

郷里とは言え47年間、つまり半世紀も離れていたので、友人も知人も居ないと思っていたし、終活だから仕方ないと諦めてました。ですから高校時代の仲間や幼馴染みが覚えていてくれて驚きました。有り難いことです。

そのときに会いに来てくれた仲間が今でもフラメンコギターを続けていると言うので、ギターを持ち寄って一緒に遊んでいるうちに、何か一緒にできないかと模索が始まってます。ジャンルが違うので、なかなか大変です(笑

そんな日々が過ぎ行く中で、小公演を高校時代に親しかった別の仲間が組んでくれて、JAZZフラメンコの彼、それから彼の仲間のフラメンコ踊り子さんと3人での公演実現となりました。

それで「ガロティン」というフラメンコ曲の旋律を弾くことになりました。「こんな曲」と踊り子さんがギターをポロポロ弾いた動画を送ってくださったり、手書きで旋律を送ってくださったりで、ホントに有り難いことです。

こんなに甘やかされて良いものかと痛み入る次第で、至れり尽くせりです。でも、楽典、ソルフェージュ、聴音も和声学も対位法とも無縁なフラメンコの踊り子さんが楽譜を起こしても、拍も音価も間違いだらけです。これは大変だっただろうと想像できます。

しかし、その間違った楽譜で弾くのは不可能です。

 

検索してみるとガロティンは、どうやら歌謡らしいです。でも、踊り子さんが送ってくださったYouTubeのURLを開いても、日本人の公演では全然わからない。それよりも、目を覆わんばかりの品の無さに嫌気が差すほどです。

フラメンコ踊り子さんは、当然ながらフラメンコの踊りが専門です。アルス・ノーヴァのギョーム・ド・マショーとかとは世界が違いすぎます。

でもセゴビアが言っているように「本物のフラメンコは素晴らしい」の通り、フラメンコは素晴らしいハズ・・・です。

セゴビアの言葉の意味するところは、洋の東西を問わず偽物ばかりが横行しているという事実です。類は友を呼ぶの言葉通り、偽物でもなんでも楽しければそれで良いから、自分が楽しんでいる様子を見てオマエも楽しめ! という人達が集まる世界があるわけです。残念ながら数ではその方が多いです。

そんな状況で先週から練習室を借りての合わせ練習が始まりました。昨日は2回目の合わせです・・・当然ながら全然ダメでした(笑;

それで去年のピアソラ同様に、仕方なくゼロからの独学です。やるとなったら本気です。イベリア半島とは?スペインとは?スペインに暮らす民族とは、文化とは???

以下サイトはフラメンコについてわかりやすく説明してくださってます。おすすめです。

フラメンコの曲種とリズム別一覧

 

本物のフラメンコは魅力いっぱいです。偽物じゃないってところが要です。

上記サイト紹介の「ガロティン」演奏
フラメンコの曲種とリズム

「あたしの亭主はあたしのもの
他の誰のものでもない
あたしの亭主が欲しいなら
力ずくで奪ってごらん
できるものならね」

「Mi marío es mí marío
y no es marío de naide
la que quiere a mi marío
Vaya a la guerra y lo gane.」

おーれぇ~♬  笑


因みに、ウィーンのおける文化とか気質は、質実剛健なゲルマン気質、自然とともに生き続けたアルプスの素朴な生き様、ハプスブルク帝国の都として繁栄を極めた街の持つ文化などが上げられると思います。

どうやらイベリア半島では地方によって文化が少しずつ異なるようです。チロル地方で、それぞれの谷により文化が異なるのと似てますね。

ゲルマン民族の移動時代にイベリア半島にラテン系の民族が流入定着し、そこにムーア人と言われるイスラム教徒が侵入し征服したわけですが、数はヨーロッパ人の方が遥かに多かったので、北アフリカやイスラム文化からの影響に差が出た結果だろうと想像してます。興味のある方は金槌のカール(カール・マルテル)を調べると良いでしょう。

 

何事も学びですが、こんなに学んでも、死んだら何も残らない。
誰よりも学んで理解し知っているのにホントもったいない・・・

音楽用語 wiki ページ

  • 2023/11/08 09:42
  • カテゴリー:その他

音楽用語まとめサイトです。検索窓の他に左ペイン内には a-z 順の用語リストがあるのでそこからも各用語に跳ぶことができます。音楽用語をグーグルで検索するよりも使いやすいので紹介しておきます。

http://www.ongaku-yougowiki.com/

指の腱と筋肉

  • 2023/03/05 19:15
  • カテゴリー:その他

手のアナトミーです。優秀な生徒さんに教えていただきました。以下2点の画像はリンクですからクリックするとグーグル検索結果サイトが開きます。

グーグル検索「マイナー外科・救急 解剖:手指の腱」

やはり母国語はわかりやすく、検索ワードの選択が楽です。薬指の屈伸についてわかりやすい説明もあります。ドイツ語のアナトミーでわからなかった長年の疑問が解け、新約聖書にあるように目からウロコが落ちます。

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