プラテーロとぼく
- 2026/06/16 11:53
- カテゴリー:音楽芸術
「プラテーロとボク」
作曲家テデスコの曲は全28曲で、約3時間の大作。多くの場合、その中から数篇をピックアップするようです。
プラテーロ(Platero)は、ロバの名前です。『プラテーロとわたし(Platero y Yo)』は詩人とロバとの絆と友情の思いを綴った散文詩集です。
スペインの詩人フアン・ラモン・ヒメネス(1881-1958)は、スペインのアンダルシア地方の田舎町モゲールに生まれ、10代でセビーリャ、バルセロナ、マドリードの新聞に詩を投稿、次第にその名を知られるようになりました。
15歳でモゲールを出てセビーリャ、マドリードと移り住んだが、愛する父の死をきっかけに神経症を患いサナトリウムでの療養生活の後、24歳で生まれ故郷のモゲールに帰り静かに暮らすようになります。
この故郷での数年間、家に飼われていた一頭のロバ(プラテーロ)と心の友として通じ合い、あるときは自身の目を通して、ある時はモゲールの自然 の中で、またある時はプラテーロの目を通して、人生の機微を詩に綴っていきました。

詩人の傍にはいつもプラティーノ色、つまり白金プラチナ色のロバ「プラテーロ」がいる。病んだ詩人はときに狂人のような扱いを受けながら、プラテーロと共に感じたことを詩にしたためてゆく。
彼が描くのは 親友のプラテーロのほか、 様々な動物や植物、馬、犬、鳥たち、蝶、花や木々であり、さらには虐げられた人々、社会的弱者にも慈しみの目が向けられます。老人、ジプシー、結核の少女…、普通の人々が目を向けない、あるいは見ても見ないふりをするような者たちにも注意深く眼差しを向けます。
ヒメネスはその後1936年にスペイン内戦が起こると出国し、アメリカ、キューバ、プエルトリコで活動。
1951年以降は妻セノビアの故郷であるプエルトリコに落ち着きます。1956年ノーベル文学賞受賞の直後に妻のセノビアが死去、2年後の1958年にはヒメネス自身も妻と同じ病院で他界。ヒメネス夫妻の遺骸はスペインに送られ、プラテーロと同じくモゲールの地に眠っている。

138の詩から成る詩集「プラテーロとわたし」は1914年に出版され、全世界で読まれることとなり、1956年にノーベル文学賞を受賞しました。
作曲家マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(1895-1968伊)は、この中から28編を選び、朗読とギターのための「フラテーロと私(OP.190)」を作曲しました。
この曲集はヒメネスの詩の持つ心を、よく反映していて素晴らしく、しばしばコンサートに取り上げられたり、レコーディングされて親しまれています。特にギター部分が優れた音楽となっており、ギター独奏曲としても広く流布してます。
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ギター譜は一種類のみが出版されており、テデスコ曲の常で、6弦ギターで同時に8つの音の和音であったり、押指の間隔が広すぎて演奏不可能である程度で、変な運指指定が無いのは助かります。たぶん作曲家が書き下ろした楽譜をそのまま出版したのではないかと思われます。
この曲を日本語ギター朗読で演奏するときは、翻訳が問題になります。過去に独日翻訳業務にも多く関わったことから、日本語の難しさ、何よりも単語のタイミングやリズム感の難しさは身にしみてます。
最近は、宣伝の影響で文学家ではなくイギリスで学んだ歌手の訳がギター朗読で使われることが多いようです。
スペインと言っても実際には文化圏が分かれており、アンダルシア地方はアルハンブラ宮殿や、マラゲーニャの曲名で知られる北アフリカの目と鼻の先に位置するマラガ港など、ムーア人の影響が独特の文化を形成してます。
日本や英国ような穏やかな気候とは程遠く、突き刺すような強い光の元、砂漠に近い荒れた丘陵にオリーブ畑が連なってます。アンダルシアのロバはオリーブオイル絞りの労力です。
そこに生活する人々は、ゲルマン民族の大移動で流入したゴート系とアフリカから流入したムーア人との混血で、肌は浅黒く顔立ちがはっきりとしていて、素朴ながらも荒削りな人間性から独特の哀愁も感じられます。そして、この特異さがロマン派の流れから生まれたスペイン民族学派の大きな魅力です。作曲家テデスコはその魅力をスペインとは切っても切れない関係のギターという楽器で表現してます。
この曲は言葉の壁が薄い西洋人にとって有利です。同時にネイティブ日本人として宮沢賢治の言葉のリズムが人類史上で最高の芸術性を持っていることも感じます。
人類の遺産とも言えるノーベル文学の世界を再現するという視点では、知識と経験の乏しい音楽家の訳ではなく、イベリア最高の文学にふさわしい香り高い日本語訳でギター朗読が実現できればと強く願います。20世紀最高の文学芸術なのです。
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■ ヒメネス作「プラテーロとわたし」を作曲家テデスコのギター伴奏で朗読するときに良い日本語訳は?
◆ AI による概要
ヒメネスの『プラテーロとわたし』をカステルヌオーヴォ=テデスコのギター伴奏で朗読する場合、歌手・波多野睦美による新訳版がもっともおすすめです。音楽との融合を前提として、スペイン語の語感とリズムを最大限に生かして翻訳されています。
◎ おすすめの日本語訳
【波多野睦美(訳)】音楽家自身が日本語訳を手掛けた、演奏と朗読のための決定版です。ギターの音色を邪魔しない美しい言葉選びと、物語の感情を豊かに伝えるテンポ感が特徴です。
山本容子さんのイラストを見てみたくて波多野睦美(訳)を買いました。訳は期待してはいませんでしたが、やはり詩になってなくて、ガッカリ。この訳者の朗読CDを借りて聴きましたが駄物でした。何故こんな人を起用したのか理解に苦しむ。プラテーロとわたしの中にある旋律が壊れて感じられて残念でした。読まれるなら伊藤武好、伊藤百合子さんの訳が良いと思います。詩画集でしたら、石井洋子訳、石井崇(絵)が良いと思います。(アマゾンレビューより引用)
【伊藤武好・伊藤百合子(訳)】理論社から出版されている広く親しまれている訳です。日常に寄り添う温かみがあり、朗読しても情景が鮮やかに浮かびます。
【長南実(訳)】岩波文庫の訳です。文学的な深みがあり、アンダルシアの情景をしっかりと感じ取ることができます。
◎ 朗読を成功させるポイント音楽とのタイミング
テデスコのギターは単なるBGMではなく、詩の情景を描写する「もう一つの声」です。演奏のテンポを崩さないことが大切です。
◎ トーンの調整
語りかけるような優しい声のトーンを意識すると朗読が上手くいきます。
◎ 訳の比較
「プラテーロ」への呼びかけ方など、訳者によってニュアンスが変わるため、いくつか朗読しやすいフレーズを抜き出して試すのがベストです。



